ついに始まったオーストラリアのワーホリです。
まず最初の町はオーストラリア最大の都市・シドニーであります。
ほぼ一文無しでスタートしたのですが、運良く到着2日目で
『Restaurant Sakura-咲良レストラン』という日本食レストランで仕事が決まりました。
初日からややこしいスタッフとの料理対決を繰り広げた私。
果たしてこのままこの職場でやっていけるのでしょうか…。
前回▼
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CONTENTS
私がやってるレストランの仕事
咲良レストランのメニュー
私がシドニーで働き始めた咲良レストランは定食屋と居酒屋を合体させたような店で、寿司、定食、ラーメン、カレーライス、一品モノなど日本っぽいものなら何でもある、言わばよくある海外のジャパレス(日本食屋)であります。
ただ海外のほとんどの日本食レストランは中華系か韓国系その他のアジア人オーナーであることが多いのですが、ここ咲良レストランは純日本人が経営しているので、我々日本人の舌にも合う料理ばかりと言えるでしょう。
私が任されたポジションは揚げ物や焼き物など主に火を扱う仕事であります。
天ぷら、餃子、肉や魚を焼いたやつ、炒め物、丼物の上の部分、汁物、など。
覚えることが非常に多いのでなかなか大変ですが、こんな一文無しの私を即採用し即戦力としてガッツリシフトに入れてくれたので手を抜くわけにはいきません。
▼キッチンの作りはこんな感じ
カナダの私とシドニーの私
揚げ、焼き、ガス代、鉄板を同時にこなさなければならないためとにかく集中力が必要なんですが、実はこのへんは私が最も得意とするポジションであります。
カナダのワーホリでは(他のスタッフから)フラットトップ界のレッドクリフと言われるほど鉄板を極めています。
本来なら4~5人前同時が限界と言われていたメニューを10人前同時に作るオペレーションを生み出し伝説を残しています。
また(2~3人から)グリルの魔術師とまで言われるほどのスピードで焼き物を提供する技を身に付け
「まさかあのロン毛のジャパニーズは客がBBQを注文するのを知ってたんじゃないか!?」
とホールスタッフからはもっぱら預言者、マジシャン扱いでした。
またこの『ガリガリもやしボディ』からは想像ができないほどのタフさを持ち合わせている私は、アドレナリンがすぐ出ちゃうタイプでして何時間も集中力を途切れさせることなく動き続ける事ができます。
しかし!
そんなもん何日か働いて慣れたら誰だってできるんです!
入ったばっかりで逆に慣れないうちは素人同然!
これまでの経験などほぼ役に立つわけがないのであります!
咲良レストランの火のポジションは入って2日目の私にはかなり荷が重い仕事でした。
どこの店もそうですが特にランチはスピード勝負であります。
こっちの寿司と同じテーブルだから一緒に出したいんだけど!
餃子忘れてた!
焦げてもうた!
じゃあそれ最優先!
スープどう?
このお客さん酒と唐揚げだけだからすぐに出してくれる?
えぇ~っと
どれが優先かな?
オーダーをこなすだけで手一杯なのに、プラスで店内全ての肉の仕込みも私の仕事であります。
シドニーでもまた日本やカナダで働いていた時のように『アドレナリンぶっ放し労働』をしなければいけないようです。
ホールに出て接客をする事に?
しかし、それでも私が見る限り咲良レストランは『普通の店』です。
忙しいと言ってもカナダで働いていた店ほど滅茶苦茶ではありません。
なので忙しくない日や忙しくない時間帯は少なからず存在しており、そういう時は他のポジションのヘルプに入ります。
この日は咲良レストランで2回目の仕事ですが、14時を過ぎるとオーダーもだいぶ落ち着いてきて私のポジションにも余裕が出てきました。
しかし2人しかいないホールは『お会計ラッシュ』でやすえさんはレジから離れることができず、怠け者のすかしが1人でホールを回しています。
そんな一気に運べないから!
誰か天ぷらとサラダを5番のテーブルに持ってってくんない?
15時までに発注しないと魚屋がうるさいんだよね
誰か行ける?
5番は一番奥の4名席だから!
分かりました!
ということでこの私、野菜天ぷらと海鮮サラダを持ってホールに出ます!
私は日本で6年とカナダで1年の飲食店勤務経験がありました。
しかしそのほとんどは調理場での作業で、接客経験と言えば20歳の頃に少しだけバーテンダーのバイトをやったことがあるくらいでした。
私は人と話すのが苦手なことはないし、むしろ社交的で接客に向いていると人は言います。
しかし!
私は接客にトラウマがあり、これまで避け続けてきたのであります!
接客を恐れる事になった話
私が18歳の時、高校を卒業して福岡ではじめてのアルバイトをした時のこと。
私はもともと料理がしたかったのですが、私が入ったオシャレなレストランの調理場はたいへん厳しいところでした。
『キッチン募集』を見て面接に行ったのに、なぜかホールスタッフから始まったのであります。
料理はそれからたい!
(そういうもんなんかな…)
(めんどくせ〜)
しかしまだ18歳。
高校を卒業したばかりの世間知らずで、さらに緊張しいの私はドリンクを2つトレーで運ぶ時に膝がガクガクしてしまい…
バッシャ〜!!
なんとめっちゃ口うるさそうな30代キメキメカップルに全てぶちまけてしまったのです!
ごめんなさ~い!
冷たい!
ちょっとちょっとちょっと!!
あんたなんしようと!!??
やってしまいました!
当然ながらお客さんはめちゃめちゃ怒っています!
お客様!
お怪我は⁉︎
グラス頭に当たったし!
しかも服がビショビショやないの!
高いんよこれ!
おい!シン!
タオルをお持ちしろ!
急げ!
とんでもないことをしてしまった私は頭が真っ白になり、声すら出ません。
お客さんに謝ることもできず、またそのめちゃくちゃになったテーブルやお客さんの対応もできぬまま呆然と立ち尽くしてしまったのであります。
聞こえてんのか⁉︎
まったく何やってんだよお前!
タオル持ってこいって!
…どこですか?
もういいわお前!
お客様に謝って
ちょっと休憩してろ!
誰かタオル2枚持ってきてー!
そのお客さんは服やバッグ、その他あれもこれもと『弁償』を店に求め、店はそれらに全て対応したそうです。
その代金は『店の1日の売り上げとほぼ同じくらい』だったらしく、私は大きな損害を店にもたらしてしまいました。
さらにそのお客さんは古くからの店の常連で、毎月大きな会をそのレストランで行なっている人だったのですが、当然二度と来店することはありませんでした。
結局その日テンションガタ落ちの私は使い物にならず、店長から帰宅命令が出たので帰ることに。
そして次の出勤からは店長や先輩から『使い物にならないゴミカス野郎』のような扱いを受け、他のスタッフからの当たりが強くなってしまったのです。
今ならば反省し仕事で取り返そうと踏ん張れるのではないかと思いますが、当時の私は技術も経験もゼロだったので、自信を無くしその店を逃げるように辞めてしまったのです。
これが私が長い間接客を恐れていた原因であります。
しかし!
それから10年後!
おしんぽこは28歳です!
10年の沈黙を破り再びシドニーのレストランでホールに立つのです!
落ち着け!落ち着け!
膝ガクガクしてない!
手は拭いたから滑らない!
行くぞ!
and
Vegetable Tempra.
Enjoy !
Thanks !
できました。
助かったよ!
こっちお会計ラッシュで手が離せないの!
なんとか料理を運ぶ事ができてひと安心です。
こういう小さな成功体験が人を成長させるのであります。
『SUSHI』
また調理場で作業を再開すべく戻っていたところ、先ほどのお客さんがまたスタッフを呼んでいます。
お会計に追われるやすえさんと、両手に料理を持ち手が離せないすかし。
2人の無言の「もう一回頼むわ!」を感じ取り再び5番テーブルへ向かいました。
彼はメニューを広げ私に見せてきます。
探してんだけど無いんだ
入って2日目の私はメニューのどこに寿司のメニューがあるかなんてもちろん知りません。
と思いましたが、お客さんにそんなこと言えるはずもないので、店員なのにメニューを両手で持って寿司を探します。
するとありました。
普通にありました。
3ページ目の上段が刺身メニュー、下段が寿司メニューです。
ここらへんが寿司メニューですわ
すると私はそのオーストラリア人のお客さんの発言に耳を疑います。
これは『Sushi』じゃないよ!
これは『Nigiri』っていうんだよ!
Youは日本人?
Sushi知らないのかな?
Sushiっていうのは真っ黒のSee weed(のり)でアボカドとかTeriyaki Chickenを米と一緒にローリングしてるやつだよ!
Meが食べたいのはクリームチーズとサーモンにマヨネーズを…
いやどっちも寿司やし
ほんとのこと言うと
あんたが思うとるSushiは寿司やないぞ⁉︎
結局オーストラリア人の彼が食べたかったのはカタカナの食材をお米で巻いた「ニセモン」の巻き寿司だったようで、メニューブックには巻き寿司の写真が無かったので探していたのでした。
「握り」と「寿司」はまったく別の食べ物だと思っていたようです。
ついこないだまではタイのバンコクで昼からビールを飲んでいただらしないバックパッカーだったこの私。
と不思議に思いつつも、久しぶりの仕事に対して少しだけ楽しみを覚えたのでした。
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