バックパッカー

【旅行記-4】一歩踏み出すまでにかかった時間6年【日本1】

横浜に住んでドライバーの仕事をしながら日々ロックバンドの活動を行う典型的なカリスマフリーターだった私は,ある日とっさに思いつき全てを辞めてバックパッカーになってしまったんです。

そのドライバーの仕事はとてもよくて,

  • 暇な事が多い
  • 月収4050
  • 服装髪型自由  (バンドマンには超大事)
  • 休みは自由に取れる (バンドマンには超大事)

と言う素晴らしい優良企業でした。2年ちょっとの間バンド中心のドライバー生活をしておりました。

正直充実していたし、お金に不自由もなかったし、思いっきり好きな事をやれていたのでこの生活を辞めなくても良かったのかもしれません。今思えば……

 

とにかく退屈だったバンド生活

こだわりの強かった私は自分達の音楽をなかなか好きになれませんでした。

で毎週同じ曲を同じように練習して、同じライブハウス同じお客さんに向けて同じ歌を歌うという退屈さに嫌気がさしていたんです。

何か新しい事をと言うよりは、この生活を辞めたい!って感じ。

当時はまだ有吉があだ名をつけまくってゲテモノ扱いされていた時代でした。

そんなある日ドライバーの仕事中に暇な時間があったのでYoutubeでなんとなく電波少年のヒッチハイクをみてたんですが、その時ついにバックパッカーっていう遊びを思いついてしまったんです。

それまでの海外生活のイメージは「金持ちのボンボン」

過去の過去の話

それまで私は海外に行った事もないし、旅行もした事ないし、ましてや英語なんて喋った事ありません。つまり何していいか全くもって分からなかったんです。

20歳の頃一回だけチャンスがありました

私は26歳で初めて海外に出たのですが、これはその後に、

もっと早く日本出てればなぁ~

って思った時によく思い出す話。


20歳の時福岡のバーて働いていたんですが、その時の常連のお客さんがやたら海外に行って来た話をするんです。

しかも長期なのに低予算で。と言われ、マジで行っちまおうか考えていました。

ヤバそうなおじさん
ヤバそうなおじさん
海外いいよ~おしんぽこも海外でバーテンダーやっちゃえよ~金なんて現地調達よ~日本より金いいよ~

とっても興味がありながらも、当時は今ほど情報が飛び交っている時代ではなかったので、ほんとに行けるのかどうかも分かりませんでした。

そんなある日、家にポスティングされていたチラシを見つけたんです。

【憧れの海外!動き出すなら今しかない!説明会のご案内はこちら】

もはやなんのこっちゃ分からんと言う感じでしたが、

なんのこっちゃ分からんので、電話してみました。

その時の会話

留学ですか?行き先はお決まりですか?パスポートやビザ取得のサポートから現地でのホームステイや学校のご案内もすべてお任せください!!」

若かりしおしん
若かりしおしん
(はあ?なんのこっちゃ分からんから電話したのに余計分からんぞ!)あの~すみませんこの電話どことつながってるんですか?

「こちらは〇〇(エージェント名)ですけれども~留学やワーキングホリデーのサポートを行っております~」

若かりしおしん
若かりしおしん
あの~よく分かんないんですけど、留学?とかってめっちゃお金かかるんですよね?知り合いから聞いて、予算20万でオーストラリアに2年住んでたって話を聞いて、自分にも出来ないかな~って思ってたんですけど

この辺で無知の貧乏人のアホだと言う事がバレる。

「え?(笑)20万円だと無理ですよ(笑)少なくとも300万円くらいないと無理ですね。ちなみにどちらの国をお考えですか?」

若かりしおしん
若かりしおしん
ん~アメリカとか現地で働けばお金そんなに準備しなくていいって聞いて

「アメリカは無理ですよ~(笑)!まずワーホリないですから!留学だと1年で400万は必要ですよ!無料の資料を送らせて頂きたいので、ご住所の方は?」

この辺で完全に諦める

若かりしおしん
若かりしおしん
ふ…福おか…いや,やっぱそんなにお金ないし、別に留学とか考えていないしワーホリ?とかもよく分からないんで大丈夫です。

。。。

。。。。。。。。

若かりしおしん
若かりしおしん
つらい。。。。
ヤバそうなおじさん
ヤバそうなおじさん
ニヤニヤ

電話を切ったあと、バカにされた恥ずかしさと自分の身分の低さと安易な考えでとても大きい事をしようとしていた自分に腹が立ち、発狂しそうになりました。

アホが東大目指すくらい、自分に海外は無縁という感覚

この電話がきっかけで、

海外生活が出来るのは、超お金持ちの選ばれし者のみ。上流階級の、言うたら一流芸能人の息子みたいな人しか出来ないんだろう。

高卒でフリーターで借金150万のロクでもない私には縁のない話だ。

という間違った情報が脳内にインプットされてしまいました。今でこそ簡単にネットでなんでも調べる事が出来ますが、

当時は2006年。人が話す事を100%信じていたし、情報はテレビか雑誌か本しかありません。

そもそもネットの情報なんてそんなに誰も信じていない時代です。

本当に海外に行きたかったら本屋にでも行ってもっと調べていたんでしょうけど、なんせお金の事で諦めていますから。どんなにその後チャンスがあろうと、

「自分は金ねぇから。」

と、海外生活について深く知ろうとしなかったと思います。


それから6年間、実際動き出すまでの間、海外は私とは無縁だ!と完全に一線を引いていました

当時海外の音楽が大好きで、ファッションだったり、家の電化製品とかバンドで使う機材とかも全て海外モノです。

とにかく海外はカッコいい!と思っていたのに凡人の私には無理!と完全に諦めてしまっていました。

そして20134月試しに話を聞いてみる

猿岩石のヒッチハイクはまだ私が小学校くらいの時で、当時深夜特急のドラマとかもやっててすごく楽しみに観ていた記憶があります。

それを26歳になった時に久しぶりにそれらをYouTubeで見た時、あ~超楽しそう!って素直に思いました。

熱が冷めぬ前になんとかリアルな情報が欲しい!特にお金の部分!と思って、あらゆる人脈を探り大葉さん(仮名)と話す事が出来ました。

大葉さんはオーストリアで2年、ニュージーランドで1年、その後世界一周して帰国してきたツワモノ。

  • パスポートの取り方
  • ビザとは?
  • おすすめの国
  • お金の管理方法
  • 英語の勉強の仕方
  • 持ち物

など初歩的な事を全部教えてもらって、綿密な計画を立てぬまま、なんとなくの出発の目処をつけたのでした。

詳細はこう

フィリピンで格安の英語留学

金なくなるまでバックパッカーの旅。行けたら世界一周

途中で金なくなり次第カナダでワーホリ

貯金が出来たら旅を再開

あとはなるようになる

私の中では完璧なプランでしたが、かなり甘かったようで、それからの5年の海外生活に大きく響くのでした。

 

次回↓

 

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