旅人失格 第十八話 「ピンクとブルー、階層と侵食」ジャイプル、ジョードプル
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ピンクシティと観光の空洞
オールドデリー駅から六時間。揺られすぎて何が正しい姿勢なのかわからなくなった頃、僕はジャイプルに着いた。「シトラカタホテル」という宿に潜り込む。
屋上にレストランがある。風が抜けるだけの簡素な空間だが、そこに座っていると、さっきまで自分がどこで何に苛立っていたのか、どうでもよくなる。カレーがうまい。理由は説明できないが、とにかくうまい。インド人の言うことよりも、自分の判断よりも、この一皿のほうがよほど信用できる。とりあえず、ここなら数日は人間でいられる。
案内されたのは四人部屋のドミトリー。その空間に先客がいた。

「オラ」
聞いたことのある音だが、使ったことのない種類の言葉だった。スペイン語なんて、誰かのタトゥーの図案でしか見たことのないものが、いま目の前で生身の女の口から出てきている。
「オラ」
口に出してみたが、己の一人称が強制置換されたような、不気味な残尿感だけが残った
彼女の名はソニア。メキシコから来たバックパッカー。この歴史ある街が引き受けるはずの視線を、根こそぎ強奪していくような女だ。
本来、ジャイプルは建造物が人の目を釘付けにする場所である。だがあいにく、今の主役は彼女だった。
文化や遺産なんてものは、単に生き延びたものへの後付けの呼び名にすぎない。だとしても、メキシコはとんだ厄介者をよこしてくれた。その格好は、文明に対する挑戦というより、もはや無責任の極みだ。
「尻をしまってくれ」
独り言だったか、宇宙への正式な抗議だったか。判然とはしないが、とにかく彼女の布は、あまりに面積が狭すぎた。
昼食を共にすることになり、彼女がようやく文化的な衣類を装着したことで、僕の視神経はなんとか持ち直した。屋上レストランでチャパティを咀嚼していると、彼女が言った。
「あなたは今、どういう旅行をしてるの」
「僕はアジアを這いずり回っておりまして、このインドが七ヶ国目です。ソニアさんは」
「私は行きたい時に行くだけ。長く旅すると、いいことより面倒なことの方が多いから」
その直後、彼女は訪問国を羅列し始めた。
「トルコ、アメリカ、エジプト、フランス、トルコ。ベトナム。あ、あとトルコも」
「トルコが好きなのはよくわかりました」
彼女は、旅の順番の扱いがやけに軽かった。それでも成立してしまうのは、長く旅をすると面倒なことの方が多い、という話に、こちらも少しだけ頷いてしまったからだ
結局、僕らは午後から話し続け、そのまま夕食もそこで食べた。ピンクの街には一歩も出なかった。観光という概念そのものが、ビールと一緒にテーブルの上でぬるくなっていった。

翌朝、この日はソニアと街を見て回る約束だった。
しかしソニアは、三遊間でファインプレイを見せるショートのような体勢で寝潰れていた。彼女は豪快にいびきをかき、さらには「ビバッ」という、天真爛漫なラテン系の放屁を数発、僕の鼓膜に叩き込んできたのである。単なる生理現象ではない。祝祭だ。ラテンの祝砲である。僕の鼓膜は、そのたびに無防備に祝われた。
「そりゃないぜセニョリータ」
落胆ではない。むしろ圧倒である。生命の勢いに対して、こちらが礼儀を失っている気さえしてくる。僕は一人で宿を出た。
ジャイプルの観光などは、至極簡単なものだった。マハラジャという権力者が、暇を弄んで残した巨大な玩具を、順番に検分して回る作業である。天を測るという「ジャンタル・マンタル」の巨大な石像群を前にして、僕はただただ恐れ入るばかりなのだが、ふとポケットの端末を覗けば、そこにはより正確で無慈悲な時刻が光っている。
志の高い巨石よりも、安直な電子機器に縋ってしまう己の浅ましさを噛み締めながら、さらに「風の宮殿」へと足を進める。
なるほど外壁は立派だが、一歩中へ入れば、そこには狭隘な空間が待ち受けていた。当局はこれをピンクと呼んで譲らない。僕に言わせれば、擦りむいて瘡蓋になった僕の踵みたいな色だというのに。
そんな不可解な疑念を抱えたまま、僕は遠方の「アンベール城」を目指したが、ようやく辿り着いた門前で「有料」の二文字を拝んだ刹那、僕の中にいた探検家は、さっさと帰国してしまった。
歴史だの文化だのという煌びやかな看板の裏側で、観光という行為そのものに対して、何か取り返しのつかない空洞のようなものを感じてしまった。 結局、僕は何を確認しにここまで来たのか。
トゥクトゥクの御者と価格交渉という名の不毛な儀式を繰り返し、宿へ辿り着く頃には、一銭の給料も出ない仕事を終えたような、ひどく空疎な気分であった。
宿に戻り、湯の出ないシャワーで体を洗い流す。
この宿は、よくある二段ベッドではなく、立派なベッドが四つ並んだドミトリールームだった。ソニアは入り口近くの端を選んでいた。残り三つ。前日部屋に入った時、どれを選ぶべきか、僕はしばらく不毛な思案を巡らせた。
隣に行くのは、どうにも下心が透けて見えるようで気が引ける。かといって反対側の端に逃げるのも、露骨に距離を取りすぎていて、別の意味で感じが悪い。右往左往した挙げ句、バックパッカー紳士を自称する僕は、結局、彼女から一つ空けた三番目に落ち着いた。
元剣道部として、これこそがベストな「人との間合い」であると、真面目に判断した結果だった。
シャワーを終えて部屋に戻ると、彼女はいなかった。
代わりに、新しい荷物があった。明らかに男の気配がある。そして配置が気に入らない。間に一つ挟んで安心してたのに、そこを攻めてくるとは、まるで桶狭間じゃないか。

いつもの屋上レストランへ行くと、そこには、ソニアと、そして見覚えのあるアジア人の男が、親密そうにビールを酌み交わしていた。
「あんた、コルカタの」
「やっぱりここにいたんだね。そろそろ会うんじゃないかって思ってたよ」
そこにいたのは、コルカタで会ったサダヲだった。
東京都杉並区出身、四十一歳、独身。カメラに命を懸け、ラテン系美女を病的なまでに愛する男だ。
「彼女、僕のルームメイト。可愛いよね」
「あんただったかセニョール」
サダヲは流暢なスペイン語を操り、あのクールなソニアを「サダヲ、面白すぎる。」と悶絶させていた。僕はサダヲで一度も笑ったことがないのだが、どういうわけか彼女の感性と、彼の放つ必死な熱量は、僕の関知し得ぬところで奇妙な合致を見せているらしかった。
「なぜスペイン語がペラペラなのですか」
「ラテン系美女が好きすぎて、気づいたら話せるようになってたんだよ。見てみろよ彼女を。たまらんだろうが、ええ」
欲望が言語の壁を凌駕したという、あまりに純粋かつ変態的な告白である。人間の到達点を、思いがけない角度から目撃した。

僕は次の目的地を彼に相談した。候補はプシュカル、ウダイプル、そしてジョードプル。
「僕なら、ジョードプルを強く勧めるね」
サダヲは、獲物を狙う鷹のような鋭い眼光で僕を見据えた。
「あそこの青は、単なる色じゃない。空の欠片を街中に塗りたくったような、光学的暴力だ。レンズを通さずとも、その美しさは網膜を焼き切るだろう。記録に残すべき景色というのは、ああいうのを言うんだよ」
その異常なまでの熱量を帯びたプレゼンに、僕は圧倒された。彼が選ぶのは、常に「絵として完成された世界」なのだ。僕は彼に従い、次の目的地をブルーシティ・ジョードプルに定めた。
「そういえば、相棒はどうしたの」
サダヲに聞かれ、僕はサラガミがデリーで全財産を盗まれ、脱落した話をしようとしたが、途中で口をつぐんだ。
目の前には、インドという地獄を楽しんでいる人たちがいる。ソニアが笑い、スタッフが歌い、サダヲがスペイン語で愛を語っている。ここで「インド人は総じてクソである」と毒を吐くのは、野暮の極みだ。
不幸なのはサラガミ本人だ。僕には彼の分まで、この狂った国を楽しむ義務がある。
そう殊勝な決意を固めていたその時、同じくデリーに残るアホミから一通の写真が送られてきた。
画面を覗き込むと、そこにはデリーの宿で、ビールを片手に女たちと鼻の下を伸ばしてパーティーを満喫しているサラガミの姿があった。
「ほう、ずいぶんと楽しそうではないか」
僕があんなに気を揉んでいたのを他所に、彼はデリーの悦楽に溺れていた。僕はその写真を、彼の未来の嫁となるパツコへ、致死性の外交カードとして送りつけてやろうかと画策しながら、深い溜息と共に眠りについた。
階層と侵食
重い眼蓋を持ち上げると、視界に飛び込んできたのは相変わらず無防備に臀部を露出させて爆睡するソニアの姿だった。しかし、そこにいるはずの杉並の刺客ことサダヲの姿がない。荷物は残骸のように転がっているが、主だけが忽然と消えている。
「毎日の朝日と夕日の採集は、旅人写真家にとっての聖域である」
などという、宗教家か詐欺師の口上のような迷言を吐いていたから、恐らくはレンズ越しに太陽を射抜こうと街へ繰り出したのであろう。カメラに命を懸ける男のルーティーンは、二日酔いなど足蹴にして進むのである。
独りで朝食を喉に押し込んだ後、僕はジャイプル駅へと足を向けた。
次の目的地はジョードプル。そしてその先には、魔都ムンバイが控えている。
そもそも、この街の駅で別の街へ向かう切符が買えるのかという初歩的な疑問すら抱いていたが、窓口へ行けば意外なほど滑らかに手続きは完了した。
十月十五日ジャイプル発、ジョードプル行き。
十月十七日ジョードプル発、ムンバイ行き。
手元に残った二枚の紙切れを眺め、僕は己の行程の「早足」ぶりに、一抹の不安を覚えた。旅はいつの間にか、情緒を置き去りにしたスタンプラリーの様相を呈し始めていた。
宿に戻ればチェックアウトの午前十時。愛すべきシトラカタホテルのスタッフは、「共有スペースなら、根が生えるまで居ていいぞ」という、インド的な寛大さで僕を迎え入れてくれた。
僕は屋上のレストランに陣取り、分厚い紙の日記帳を開いた。書くことと言えば、「韓国人に掴まれた胸ぐらに甘辛いタレ付着」「台湾ちんぽまんじゅうを食べるタイミング、難しい」「ラテン系のオナラ、ビバッと鳴る」とか、そんな低俗な備忘録ばかりだが。
インドの旅も、これでようやく半分というところだ。
振り返れば、ひたすらカレーを食い、ひたすら移動し、ひたすら図々しい人種をあしらう日々だった。
「そろそろ、肉体的にも精神的にも、限界の底が見えてきたな」
僕は決意した。インド唯一の聖域、ビーチリゾート・ゴアに着いたら、一切の生産的な活動を放棄し、泥のようにだらけようと。
出発は午前零時。特にすることもなく、チェックアウト後から日暮れまで席を動かなかった。この有様で限界とは、ずいぶん効率のいい消耗だ。
ランチを食い、日記を書き、戻ってきたサダヲやソニアと夕食を共にした。流石に、宿のスタッフたちの視線に「まだいたのか」という色の混じった、特有の気まずさが漂い始める。
「おい、列車は大丈夫か」「次はどこへ行くんだ」
彼らの問いかけは、もはや挨拶ではなく「早く行け」という、オブラートに包まれた催促に聞こえた。
耐えきれなくなった午後九時、僕は逃げるように駅へ向かった。
駅へ向かうトゥクトゥクの運転手は、交渉もしていないのに驚くほどの安値を提示してきた。
「これは、罠だ。駅とは正反対の、人跡未踏の荒野に連行されるに違いない」
僕はバックパックを背負い直し、いつでも走行中の車両から飛び降りられるよう、膝に力を込めた。
だが、彼は優良な運転手であった。
「着いたぞ」
と、清々しい笑顔で僕を駅の正面に降ろした。インドに於ける期待通りの裏切りがないという、最大の裏切りに、僕は拍子抜けした。

駅に着くや否や、三人の若造に囲まれた。十五、六歳といったところか。地獄のような人相をしている。僕はTシャツの中に忍ばせている、パスポートケースをぐっと握った。
「アリガト、トーキョー、アジノモト」
知っている日本語を脈絡なく浴びせられるという、インド標準の洗礼である。しかしそこには物売りや詐欺の気配は微塵もなく、彼らはただ単に、僕という異物を相手に話をしたいだけらしかった。現地の人間と触れ合うという、旅の醍醐味とされる代物を、僕はすっかり忘れていたことに気づいた。
出発まで三時間。駅前に転がる岩に腰を下ろし、彼らの吐き出す言葉の濁流を、黙って引き受ける係になっていた。
内容は低俗の極みである。糞を漏らした、喧嘩して大人に勝った、女を抱きたい。知性とは無縁のトピックが溢れていた。男の話は大体そういうものだ。僕は彼らより十歳も年上なのだが、その瞬間、僕の精神は彼らのそれと同調し、同じ目線で下卑た笑い声を上げていた。たぶん十年後も、僕も彼らも、同じ地平で同じ話を反芻しているに違いない。
そして同時に、その輝きが突如として反転し、どす黒い闇を露呈させることもある。
三人のうち、最も威勢よく猥談を先導していた男が、隣にいた無口で浅黒い少年の頭を掴み、乱暴に振り回した。
「こいつダリットの子なんだぜ。ぎゃはは」
ついさっきまで、デリーで糞まみれになった話で彼らから爆笑をかっさらっていた僕は、その単語の重みがすぐには理解できなかった。
「サン・オブ・ア・ダリット」と連呼して笑っている。
その語が孕む断層の深さを、僕は詳しくは知らない。しかし、少年の表情が凍りつき、彼が明確な迫害の対象としてそこに置かれていることだけは、僕の皮膚感覚が察知した。
こらやめなさい、などという道徳的勧告を僕は口にしない。それはこの国の大人がやればいい。僕はただ、その場に漂い始めた吐き気を催すような業の臭いに耐えかね、そそくさと立ち去った。
髪よりも髭の方が長い老人に声をかけられた。
「お前、ベンガル顔だな。出身はバングラデシュか」
「失敬な。僕は大和魂を宿した生粋の日本人だ」
憤慨した僕は、あとで「バングラデシュ 男 顔」と検索した。
似てはいない。だが、方向は理解できた。
日焼けのせいもあるのだろうが、画面の男たちの中に、遠い親戚の一人くらいは混ざっていそうに見えた。
恐ろしいことに、僕の身体は、意識とは無関係にインドという環境に適応し始めていたのである。
レストランを旋回するハエの群れも、そこらに転がる牛の糞も、もはや神経を逆撫ですることはない。
会話の途中で、無意識のうちに首を傾けるあのインド・スタイルの挙動が、僕の肉体を侵食しているのではないか。
人間という生き物は、環境という濁流に放り込まれれば、どれほど不潔で理不尽な場所でも、生き延びるために自分を変えてしまう。僕は、自分が強く逞しくなったのではなく、ただ「インド化」という現象に抗えていないだけだ。そういう変化が確かに起きていた。
さっきの少年たちが、あれほど自然に僕に近づいてきたのも、その流れの延長にあるのかもしれない。
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ブルーシティ
深夜零時。ジョードプルへ向かう列車に足を踏み入れた。
車内は、不気味なほどに空虚であった。インドの列車といえば、人肉の詰め合わせのような喧騒が常態であるが、この車両には僕と、そして僕の向かいに座る「得体の知れない肉塊」のような男の二人きりだったのだ。
カーテンを閉めれば、そこは密室だ。向かいの男は、事あるごとに僕と目を合わせ、口角を不自然に釣り上げてニヤリと笑う。その微笑は親愛の情ではなく、獲物を前にした爬虫類の、粘着質な愉悦に近い。
「見ている。奴は確実に僕の輪郭を舐りまわしている」
恐怖に耐えかねて席の移動を試みたが、車掌に「後から客が来るから動くな」と一喝され、僕は逃げ場を失った。デリーで聞いた「ハード・ゲイに襲われた」という男の話の記憶が、前頭葉にへばりついて離れない。結局、五時間の行程中、僕は一睡もできず、脂汗をドボドボと流しながら、闇を見つめ続ける羽目になった。
早朝五時。不気味な静寂を切り裂いて、列車はジョードプルへ滑り込んだ。駅の外はまだ夜の残滓に包まれ、期待していた「青」は闇に埋没している。
ふらふらと歩き出した僕を、路上のチャイ屋が呼び止めた。
「こっちへ来い。座れ」
差し出されたのは、リクライニングチェアという名の、あまりに誘惑的な休息の場であった。
「お優しいですね。しかし、死ぬほど怪しい」
デリーで睡眠薬を盛られ、全てを失った男の末路が脳裏をよぎる。だが、おじさんは僕と同じやかんから注いだチャイを、目の前で豪快に啜ってみせた。
「いけるやつだ」
と判断した瞬間、僕はチャイを飲み干し、椅子に身を沈めた。
そして、僕は眠った。睡眠薬など不要であった。車内での不眠と椅子の座り心地が、僕の警戒心を粉砕したのだ。
目が覚めたのは二時間半後。周囲は既に喧騒の坩堝と化し、見知らぬインド人たちが僕の寝顔を眺めながら通り過ぎていく。おじさんは消えていた。
「やってしまった。すべて盗られたか」
慌てて確認したが、懐の紙幣も端末も、奇跡的に無事であった。
インド化した、などと調子づいていた己の浅はかさが、冷や汗となって噴き出す。もしこれが悪意に満ちた場所であったなら、僕は今頃、ジョードプルの路上に全裸で転がっていたはずだ。
宿探しは三十秒で決着した。その椅子のすぐ後ろにあった宿、「Govind Hotel」に入った。一泊三百ルピー。四百七十円。カオサンの百バーツの掃き溜めを省くとこの旅で最安かもしれない。
水シャワーで正気を取り戻した僕は、宿の親父の「地元のカレーがいかに崇高か」という長話を背中で受け流し、街へと繰り出した。
目指すは「時計台」、そしてその背後に聳え立つ「メヘランガル要塞」である。
時計台付近の市場は、人波が怒涛のごとく押し寄せる混沌の極みだった。その中心に鎮座する塔は少し疲れているように見えた。
僕はその時計台の位置から、すでにメヘランガルがきれいに見えているのに気づかないふりをして、次の目的へ向かう。
要塞までの最短距離を突き進むべく、地図の正規ルートを無視し、自分流の近道を出鱈目に捏造して青一色の街を歩き出した。これまでのインドとはまったく違った街の風景に、足取りは軽くなった。
案の定、迷走を極めた僕は、路地の子供たちに激安のアイスを献上し、案内を乞うた。
一人の子供が僕のTシャツを掴み、猛然と突き進む。辿り着いたのは、万里の長城を彷彿とさせる、終わりなき石段の麓であった。
「これを登れと言うのかね」
振り返れば、子供の姿は霧のように消えていた。一応、金とパスポートを確認した。
灼熱の太陽が僕の脳天を灼く。踏みしめる石段はガタガタで、あちこちに牛(あるいは正体不明)の糞が地雷のように埋設されている。
時計台から離れるにつれ、人の気配は潮が引くように消え失せ、ついには僕だけがこの世に取り残された。
「なぜ、僕は一人でこんな崖をよじ登っているのか」
登るも地獄、下るも地獄。僕は「登るっきゃない」という、江戸っ子のようなセリフを吐き、短絡的な狂気に身を任せた。
人はこういう時、なぜ引き返すという知性の発露を拒絶してしまうのか。インド屈指の観光地へ向かう道に、人がいない。それが確実なる死地であることを、このカビの生えた蒸しパンのような脳髄でも、本来なら一秒で処理できるはずだ。
案の定、道は突如としてその役割を放棄した。かろうじて階段を装っていた石は消え、岩と砂と卑屈な雑草が支配する急斜面へと変貌を遂げたのである。
眼前に横たわるのは、道なき岩山と、触れるものすべてを切り裂こうと手ぐすね引いて待つ凶暴な刺の群生。もはや観光などという生ぬるい娯楽ではなく、命を賭したロッククライミングの領域へと、僕は足を踏み入れていた。手で岩を掴み、泥に塗れ、葛藤の末に辿り着いた先。
「壁ですね。随分と大きめの。はははは」
要塞の巨大な外壁が、一切の慈悲を排して僕の進路を遮断していた。あと数メートルのところで、僕は物理的な限界という名の絶壁に叩きつけられたのだ。
当たり前の話である。壁がなくて、何のための要塞か。敵の侵入を防げぬ城壁など、具のないピロシキ、あるいは着払いで届いたラブレターのように無意味な存在でしかない。要塞が要塞としてのプライドを保っている以上、僕のような愚鈍な不法侵入者が、そう易々と通れるはずもないのだ。
結局、僕は這々の体で岩山を下り、大通りで捕まえたトゥクトゥクに身を投じた。わずか五分。文明の利器は、僕の九十分の苦闘をあざ笑うかのように、サクッと要塞の正門へと僕を運んだ。

だが、要塞の頂から見下ろした景色は、僕の怨嗟を静めるに十分なものだった。
眼下に広がるのは、暴力的なまでに鮮やかな「青」。空の色をそのまま街にぶち撒けたような、やりすぎなまでに美しいブルーシティの全貌がそこにあった。
苦労をして登った甲斐があった。結果、それは全く無意味な登山であったのだが、この圧倒的な色彩を前にしては、己の愚行すらも物語の伏線であったと強弁したくなる。
僕は、三十ルピーを支払って、そこにいたラクダの背に跨ってみた。
なんとなくだ。
普段の僕であれば、独り身でそのような蛮行に興じる己の羞恥心に耐えられないはずなのだが、この青い沈黙の前では、そんな恥知らずを咎めるような人間はどこにもいないように見えた。
ラクダの背に揺られながら、僕はただ、異国の空を眺めていた。
ラクダは酷い臭いがした。

誤差の重み
サダヲから連絡が入ったのは意外だった。
「ジョードプルに着いたよ。時計台の近くでランチしよう」
あの男、ジャイプルでソニアというメキシコの妖女へ向けて、「トゥス・オホス・ソン・エルモソス(君の瞳は美しい)」
などという、使い古された呪文を、事もあろうにスペイン語で唱え続けていたのである。ソニアの臀部に魂を吸い取られた彼が、彼女を置いてこの青い街へ移動してくるとは思えなかったのだ。
「ソニアとなんかあったな」
僕は確信した。指定された薄汚い食堂で再会したサダヲは、どこか魂の抜け殻のような、それでいて妙に開き直ったような、不気味な光を瞳に宿していた。
「ジャイプルを出た後、どうしてたんですか。ソニアとか」
僕の問いかけに対し、サダヲは重い沈黙を返した。
「なんの沈黙だ」
「フラれたよ」
サダヲは、己の敗北を称えるかのように卑屈な笑みを浮かべた。聞けば、フラれたのみならず、ソニアがホテルのフロントに苦情を申し立て、彼はスタッフから国辱ものの厳重注意を受けた挙句、彼女は忽然と姿を消したという。
「なんて言ったんですか、彼女に」
「いや、別に変なこと言ったつもりはないんだけど。抱きたいって言ったよね」
「言ってるな。愚か者め」
サダヲ(四十一歳)、職業カメラマン。その実態は、己の性欲を制御する理性のネジをインドの熱風に吹き飛ばされた、ただのアホであった。
「失恋したから、帰国する」と宣うサダヲとの不毛な再会を終え、僕はジョードプル駅へと向かった。
ムンバイ行きの列車は午後四時三十分発。所要時間は十八時間。当時の僕は、この「十八時間」という数字に潜む、精神を摩滅させるほどの破壊力を完全になめていた。人間が同じ場所に留まり続けられる限界を、インドの鉄道省は容易く超えてくるのである。
インドの列車には、文明社会の常識を嘲笑う不条理が凝縮されている。
まず、定時運行という概念が家出をしている。一、二時間の遅延は「誤差」であり、ひどい時には半日、あるいは一日という、もはや運行しているのか放置されているのか判別不能な状況に陥る。ヒンディー語の怒鳴り声のようなアナウンスが響く中、僕はただ、来るはずのないゴドーを待つような心境でホームに佇むしかない。
今回の移動は二時間の「誤差」で済んだ。意気揚々と乗り込む。
車内のトイレという名の地獄がある。
あの空間へ足を踏み入れるくらいなら、膀胱が破裂するまで我慢した方がマシだと本気で思わせる凄惨さがそこにはある。
構造は至って単純、すなわちただの穴だ。
両サイドの鉄板に足をかけ、踏ん張る。眼下には、猛スピードで背後へ去りゆく線路のバラストが見える。つまり、インドの鉄道網とは、全乗客が自らの排泄物を線路へと直接投下し、大地をマーキングしていくという、原始的かつ壮大なシステムなのだ。
さらに、インド人は紙を使わず手で始末をつける。当然、水が必要だが、車内の水タンクは早々に空となり、蛇口からは虚しい空気の音しか聞こえなくなる。
「水が出なかったら、その完遂した手はどうなるのか」
考えただけで、僕の胃壁は毎度痙攣を起こした。足の踏み場もないほどに「コースアウト」した落とし物が散乱するその個室は、嗅覚と視覚に対する無慈悲なテロリズムであった。
今回の大都市ムンバイ行き、僕が選んだ寝台車両は、この旅でもトップクラスに騒がしいものとなった。それはもはやハードコアバンドのライブさながら、ヒンディー語の怒号が飛び交い、肉体が激しく衝突し合う修羅場と化したのである。
日本でも、しんとした喫茶店や図書館の如き場所で、ある一組が不用意に口を開いた瞬間、それが堰を切ったような合図となり、周囲の人々が安心しきった顔で一斉に喋り出すという現象に遭遇することがある。しかし、インドのそれはスケールが百倍、いや、もはや単位すら定かではないほどの狂乱であった。先刻までの静寂など、最初からこの世に存在しなかったと言わんばかりに、場は不気味なまでの活気を見せ始める。
「祭りか。それともテロか」
僕は、その暴力的な騒音に晒されながら独りごちた。
特別な催事があったわけではない。ただ単に、「ここは車内であり、静かにせねばならぬ」という、人間を人間たらしめる最低限の理性を持ち合わせぬ人種が、本能の赴くままに暴れ回っているだけなのだ。恐ろしいことに、この低俗な狂騒曲を、分別あるべき大の大人が恥じ入ることもなく繰り広げる。それがインドという国の、底知れぬ実態であった。
車内には「スマホDJ」という名の、公害のごとき存在も跋扈している。
己の嗜好するインド歌謡を、音量最大で撒き散らす不届き者たちだ。これがまだ米国産のどこかで聞いたようなポップスであれば、僕も仏のような慈悲をもって看過できたかもしれない。しかし、あのインド系歌手特有の、粘りつくような鼻声じみた、日本でいう演歌の情念を九十年代のスカスカなテクノビートに乗せて延々と垂れ流す地獄の旋律は、もはや鼓膜に対する冒涜以外の何物でもなかった。
殺意を込めて睨みつけても、奴らは「おっ、お前もこのグルーヴに酔いしれているんだな」とばかりに、顎をクイッと上げて不敵な笑みを浮かべる始末である。
「馬鹿たれが。貴様の曲でノっているのではない。心底迷惑をしているのだ」
という僕の魂の叫びは、理解不能な、軽く、生ぬるく、そしてベトベトとした不快な音楽にかき消される。
「サラガミ。サラガミさえいれば、これを共に笑い飛ばせたはずだ」
僕は、この騒音の海に独り沈みながら、デリーで女とビールに溺れているはずの相棒の顔を思い浮かべた。不幸を共有すべき相手の不在が、このスカスカのリズムをより一層耐えがたいものにしていた。騒音と雑音の波状攻撃により、僕の精神は粗い鑢(やすり)で雑に削り取られ、無数の粉末となって撒き散らされた。もはや、それを収集し、元の僕という形に成型し直すことは不可能に近い。
さらに、さらにだ。この鉄の塊は理由もなく停止する。
駅でも何でもない、ただっ広い農村のど真ん中で、運転手が突如として深淵な悟りを開き、昼寝でも始めたのかと疑いたくなるほどの沈黙が、一時間も二時間も続くのである。
「何待ちだ。誰を、何を待っているというのだ」
物資の補給でも、乗員の交代でもない。ただの、意味不明なる空白。全行程十八時間の半分近くは、この「無」という名の、形而上学的な停滞であったのではないか。
デリーで相棒・サラガミの荷物が煙のごとく蒸発した事件以来、僕の警戒心は極限まで研ぎ澄まされていた。だが、そんな僕の防御などお構いなしに、知らない男がいつの間にか隣に居座り、知らない子供が僕の端末を、電池が絶命するまで握りしめて離さない。大人、老婆、子供、果ては猿に至るまで、この国の住人は隙あらば他者の領域を泥足で侵食してくるのである。
今、自分がどこを走っているのか、アナウンスの一つもありはしない。僕はグーグルマップスという、インド人よりも遥かに慈悲深く信用に足る文明の利器を握りしめ、現在地を執拗に確認し続けた。
そして、ようやく。
寝たり、起きたり、見知らぬ親父が語る薄っぺらな身の上話を受け流したりという、前世でどんな罪を犯せばこれほどの罰を受けるのかと思える苦行の果てに、列車はムンバイ・セントラル駅へと滑り込んだ。
「次からは、飛行機にしよう」
魂の奥底から絞り出した、石碑に刻むべきその誓いと共に、僕は地獄の鉄路を後にした。駅前の時計は、午後十四時半を指していた。
十八時間の予定であったはずが、気づけば二時間も超過して二十時間が経過していたわけである。さらに思い返せば、乗車前にも二時間の遅延を喰らっていた。都合、二十二時間。丸一日近い時間を、僕はあの鉄の牢獄で、見知らぬ他者の体温と騒音に揉まれながら過ごしていたことになる。まっとうな文明社会であれば、ちょっとした国家間の移動すら完遂できるその膨大な歳月を、この国では単なる「誤差」の一言で片付けてしまう。そのあまりに巨大で、あまりに厚顔無恥な「誤差」の重みに目眩を覚えながら、僕はムンバイの熱風の中へと足を踏み出した。

