旅人失格 第十四章 「崩れきったものは嫌えない」 カンボジア
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越境の手数料
バンコクの時点で、既に破滅の歯車は回り始めていた。
僕たちがバスチケットを購入したのは「ママ・ゲストハウス」という、名前だけは聖母のごとき慈愛を湛えた場所だ。そこで日本人ともタイ人ともつかぬ、感情を削ぎ落とした無機質な面構えの男から、僕とサラガミとパツコは「カオサンからシェムリアップまで」の片道切符を買い取った。
書かれていた通りの旅程を信じていた。
ビザ代の代行手数料を惜しみ、国境で自力取得するつもりだった。
集合から一時間遅れ、八人乗りのズタボロなハイエースが、断末魔のような排気音を響かせて到着した。赤シャツの運転手が、さも自分が被害者であるかのような尊大な態度で降りてくる。
「さあ、グズグズするな。乗れ乗れ」
「どの口が言ってんだ」
サラガミが毒づき、僕も「別の店で買えば良かった」と後悔の念を咀嚼する。定員八人の鉄の箱に、ドライバー含め十一人が詰め込まれる。車内のポルトガル人二人と「シェムリアップまで協力しよう」と握手を交わしたが、互いの掌は不安な脂汗で不快に湿っていた。
ガタガタの道を、ボロボロのバンが死の恐怖を撒き散らしながら爆走する。
サスペンションという概念を捨て去った車体は、路面の凹凸を律儀に僕たちの脊髄へと伝えてくる。
もはや事故への恐怖すら麻痺し始めた頃。国境のはるか手前、何もない農道で、僕たちは唐突に放り出された。

赤シャツの運転手が、脳漿の腐ったような宣告を下す。
「ビザを持ってる奴は車に戻れ。持ってない奴はここで発行しろ。五十ドルだ」
「倍じゃねえか」
僕の呟きに、パツコも「さすがにぼったくりすぎ」と憤る。事前にビザを用意していたのはドイツ人の二人だけ。残り八人のうち、血気盛んなイギリス人三人がついに怒りの臨界点を超えた。彼らは、罵詈雑言を連発してブチギレた。
「もうカンボジアなんてどうでもいい。バンコクへ帰る」
彼らはそのまま、熱帯の陽炎の中へと消えていった。
残されたのは僕たち日本人三人と、おとなしそうなポルトガル人二人。赤シャツは、あれだけ揉めた後でも平気な顔でニヤついている。
「さあさあ、ゴミ虫共がいなくなったところで、さっさと終わらせよう」
ポルトガル人二人は、魂を抜かれたような顔で五十ドルを差し出した。
「俺たちは国境で取るから大丈夫だ」
サラガミが毅然と言い放った瞬間、赤シャツの顔が、下水道の蓋を開けたときのような醜悪な相貌へと豹変した。
「ゴミ虫共、国境でどうなっても知らんからな。覚悟しとけよ、ボケ」
微かな抗議も虚しく、バンは殺伐とした空気を充満させたまま、国境へと向かった。
降ろされた場所は、ビザ発行所など影も形もない農道だった。そこへ、餌を投げ込まれた瞬間のピラニアのようにトゥクトゥクの群れが殺到する。
「さあ着いたぞ。ここからビザを取りに行け、カス共。俺は優しいから一時間だけ待ってやる。カンボジア側のロータリーにいろ。来なかったらあとは知らん」
赤シャツに呆れつつ、荒野をトゥクトゥクでビザ事務所へ向かう。そこでも真顔で五ドルの手数料を上乗せされたが、サラガミは「このくらいは仕方ない。頑張ろう」と僕らを励ます。実に頼りになる男だ。この絶望的な状況下で、僕は彼を静かに尊敬し始めていた。
対してパツコのストレスは限界に達しており、既に「日本へ帰りたい」と繰り返している。
なんとかビザを取得し、入国審査を抜ける。約束より十五分前にはカンボジア側へ入ったが、先にいたポルトガル人が「We can’t」と、世界の終わりを告げる予言者のような顔で呟いた。
約束から三十分後。赤シャツが、なぜか徒歩で、悠然と現れた。
「ああ、やっと来たのか。遅いよ。一時間過ぎたから、お前らはシェムリアップまで行けない。じゃあな」
時間は守っていたし、遅れたのは奴の方だ。サラガミが流暢な英語で猛抗議したが、奴は煙のように消えた。代わりに、見知らぬカンボジア人の男に誘導され、謎の国営大型バスに乗せられることになった。
「これ、どこへ行くの」
パツコが震えながら彼氏に縋る。
「わからない」
サラガミは何を考えているのか、ただ進行方向の虚無をじっと睨みつけている。
黙っていたポルトガル人が冷静にトドメを刺した。
「あのバンは最初からここまでだったんだよ。チケットを買う時から騙されてたってわけ。安かったでしょ」
そういうことか。
金額にすれば大した額ではない。想定より三千円ほど多く毟り取られるだけだ。だが、なんだこの不快な重みは。
「ぼったくりにも礼節があるべきだ」
僕らは、ついによく分からない道徳を語り始めた。
だが確かに、詐欺の中にも「騙される側が選ぶ」という余白のような自由度が、一厘くらいは残されていても良いはずだ。
バンコクのチケット屋からここまで、まるで用意されたフルコースのように変更が効かない。あの国境手前で、イギリス人三人が離脱した瞬間。あそこが、バックパッカーに残された最後の自由だったのだ。
バスはシェムリアップ方面へ走り始めたが、無情にもルートを逸れ始めた。北側の、何も存在しない荒野へと向かっていく。
「これ、さらわれてるんじゃないのか」
僕の脳裏に「臓器売買」の四文字が浮かぶ。この人数の臓器を一括で処理するのは、業者としてもかなりの手間だろうが。
着いたのは、民家も店も農地すらもない場所に、ポツンと建てられた巨大なバスターミナルだった。またしてもピラニアのように、大量のドライバーが寄ってくる。ここでまた、金を使わされるのだ。

「タイのすぐ隣だけど、全然違う。酷い国だよ。でもこうやって、少しずつ旅行者に金を落とさせないと、彼らもやっていけないのかもしれない」
サラガミの器の大きさに、僕は自分の矮小さを恥じた。
「しょうがない」と念じる。そう思わなければ、僕の自意識は憤死してしまう。だが、やはり腹が立つ。
結局、そこからさらに十五ドルを支払い、ようやくシェムリアップの街へ辿り着いた。
しかし、まだ終わらない。
再び街の手前で降ろされ、最後のピラニアに餌を撒く時間が来た。僕たち三人に対し、二十台ほどのトゥクトゥクが包囲網を敷く。イライラは既に沸点を超え、蒸発し始めている。
その中で、一人のドライバーに目をつけた。
「この二人が予約しているホテルへ。その後に、僕に安い宿を紹介してください」
この条件を提示し、トゥクトゥクは走り出した。
サラガミとパツコは無事にホテルへチェックインした。なかなか良い部屋だった。
「シンの宿の場所も把握しておきたいから」
というサラガミの厚意で、再び三人で乗り込む。このタイミングで代金を払ったのが、決定的な間違いだった。
「ねえ、いくらくらいの宿に連れて行ってくれるのですか」
「今行ってるから」
「だからいくらなんだよ」
ドライバーは、さっきまでの好青年の仮面の下から、ニヤニヤとした卑屈な笑みを漏らすばかりだ。
着いたのは、宿ではなく、古びた土産屋であった。
「何も買わないよ」
「見るだけ、見るだけ。安いよ」
彼らは「モノがいい」「文化的だ」と、壊れた蓄音機のように売り文句を並べるが、この地獄のような移動の果てに、誰が木彫りのゾウの置物などに情欲を覚えるというのか。
さらに別の店へ連行され、僕の堪忍袋の緒が、音を立てて千切れた。
「土産は買わない。ホテルへ行け。宿の値段はいくらだ」
声を荒らげると、笑顔だったドライバーの顔が一変した。あの赤シャツと同じ、悪魔の相貌だ。
「お前ら裕福な国の人間は、黙って金を使えよ。アンコールなんか俺らにはどうだっていいんだ。ボケ」
そう吐き捨てて、男は消えた。安宿の紹介など、最初から彼の脳内回路には存在しなかったのだ。
夜七時。
僕はサラガミカップルにホテルへ戻ってもらった。もともと二人の旅行に、僕という不純物がついてきただけなのだ。これ以上、彼らの時間を僕の無様に付き合わせるわけにはいかない。
宿も決まらぬまま、丸一日の搾取と移動で疲労困憊した僕は、街角の路面に身を投げ出した。
「もうどうでもいいですな」
開き直る僕の悪い癖が出た時、一人の、清潔感のあるカンボジア人の男に声をかけられた。
「お前、何してるんだ」
状況を話すと、彼は静かに、しかし確かな慈悲をもって言った。
「うち、民泊をやってるけど、来るか。三ドルでいいよ」
半信半疑でついて行くと、そこは驚くほど綺麗な、現地の富裕層の邸宅だった。清潔で涼しい。
朝から最悪の連鎖だったが、なんとかなった。
見渡すと、自分の汚れだけが目立っている。まあ、いい。とりあえず、エアコンの風に当たっていたい。
嫌悪は増水する
一夜明け、身体が重い。これは単なる疲労ではない。肉体が「カンボジア」という概念を拒絶し、泥状に変質して寝床に癒着した結果だ。
しかし、開け放たれた窓から差し込む光は、暴力的なまでに眩く、南国の朝を無邪気に謳歌している。
僕はよろよろと起き上がり、「カンボジアの父」のもとへ向かった。昨夜、拾い犬のようにこの家に転がり込んだ身である。もし父が「早く帰れ」という雰囲気でも醸し出そうものなら、僕は潔く、その不潔な身一つで野に下るつもりであった。
ところがどうだ。父は僕の顔を見るなり、「洗濯物を出せ、一緒に洗ってやる」と宣う。その慈愛に満ちた眼差しは、もはや父を越境し、深遠なる母性の領域にまで達していた。さらに「夕食に和食を作る。日本人のお前に味を検分してほしい」などと言い出す始末で、もはや連泊の相談などという野暮な手続きは、南国の露とともに消え失せた。
食卓には、焼きたてのパンと卵、そして瑞々しいフルーツが並べられた。その清冽な朝食を咀嚼していると、昨日までの地獄が嘘のように、幸福な一日の予感に胸が躍る。だが、この国において、予感というやつは往々にして裏切られるために存在している。
「トゥクトゥク」「トゥクトゥク」「トゥクトゥク」
はぁ、と溜息を一つ。宿を出た瞬間、その下品な連呼によって、爽やかだった気分は汚く散り、肥溜めの中へ溶けていった。
トゥクトゥク。
彼らは呼吸の合間に「トゥクトゥク」と問いかけてくる。
人が乗り物に乗るのは、移動の意志がある時であって、勧誘されたから乗るような物好きが、この世に一人でもいると思っているのか。彼らの営業は、もはやタイミングという概念を逸脱している。
トゥクトゥクを降りて代金を払っている最中に、別の車が寄ってきて「トゥクトゥク」と問う。降りたばかりの人間が、即座に別の車に乗り換える道理がどこにある。
あるいはカフェでサンドイッチを咀嚼している最中、窓の外の男と目が合った瞬間、彼は「今こそ機は熟した」とばかりに口を動かす。音は聞こえぬが、唇の形がはっきりと「トゥ」の形を形成していた。僕は読唇術によって、その無意味な勧誘を看破し、絶望した。
極めつけは、自転車に乗って走行している最中だ。すれ違いざま、背後から「トゥクトゥク」と囁かれた。移動手段を現に有している僕に、何を期待したのか。もし僕が「乗る」と言ったら、彼は併走するこの自転車をどうするつもりだったのか。
「乗りませんよ、さいなら」
サラガミとパツコの泊まるホテルへ歩いて向かう。
舗装を忘れた赤土の道からは、一歩ごとに執拗な砂埃が舞い上がり、僕の口内をジャリついた乾きで満たしていく。道端にへたり込む現地民たちの、欲望を隠さない下品な視線がじっとりとした湿気を伴って背中にへばりつく。まるで腐肉を狙う禿鷹の群れの中を、ただの肉片として歩かされているような、そんな気がした。
この国を語る際、知識人はしたり顔でポル・ポトの虐殺を持ち出す。知的な大人が消され、平均年齢が二十五歳になった。ゆえに歴史の断絶がある、ゆえに彼らは未熟なのだと。そんな同情の余地を説く連中の、そのおめでたい勘違いには、ほとほと愛想が尽きる。
支援に胡坐をかき、進歩をドブに捨てた彼らの民度の低さは、もはや悲劇を通り越して、完成された喜劇の域に達している。
彼らの言う「陽気でフレンドリー」なんてのは、結局のところ、ただの「無責任で無礼」を体よく言い換えただけに過ぎない。
「ヘイ、ジャパニーズ。仲良くしようぜ。これ買わないか」といなせな声をかけるが、こちらが「いらぬ」と断った刹那、仏のような作り笑顔は霧散し、口からは下卑た罵倒が飛んでくる。
「ファック」
金を落とさぬ日本人は、彼らにとって人間ですらなく、ただの移動する風景、あるいは通行を妨げる障害物に過ぎないのかもしれない。感謝の語彙を持たぬ連中が、観光立国を標榜するなど、悪い冗談が過ぎる。僕の胃壁は、その矛盾に耐えかねて、不快な音を立て収縮した。
「わかる」とパツコは呟いた。昨日の国境越えを共に潜り抜け、すでにこの国を蛇蝎のごとく嫌い抜いている僕の同志である。
対して、「まあまあまあまあ」と、サラガミは泰然自若としてケラケラ笑う。無神経や鈍感というのとは違う。僕らのちっぽけな憤怒など一飲みにしてしまうような、底の知れない大人の寛容がそこにはあった。この男の器というやつは、僕とは規格が違う。
有名遺跡「ベンメリア」へ向かうには、日本人宿でツアー参加の署名をするのが定石だという。僕たちはその紙切れ一枚に名前を刻むべく、重い腰を上げた。だが、ネット環境が壊滅したこの街で、目的の宿を特定するのは至難の業だ。
サラガミの楽観に従って辿り着いたのは、ゴルフ場と見紛うばかりの、ただの草原。Wi-Fiを求めて三時間、夕刻に宿へ戻れば停電。
もはや人力で日本人を捕獲するしかないと街へ出れば、アジア特有の暴力的なスコールに見舞われる。
二時間後、雨が上がった頃には、シェムリアップは泳げるレベルの海と化していた。排水という概念を母の胎内に忘れてきたこの街では、雨水、下水、川の水が混然一体となり、あらゆる汚物と共に膝上まで押し寄せてくる。

ドブ色の汚水に膝まで浸かった末、宿に着いたのは夜の八時。朝から動き回って、得られたのは紙切れ一枚への署名。あまりに、効率が悪すぎる。
「酒でも飲まな、やってられんばい」と、つい国の言葉が出る。
僕たちはパブストリートへ逃げ込み、五十セントのぬるいビールを流し込む。パツコも「美食を食わねば自決する」と、身の丈に合わぬ高価なピザを注文したが、イタリアの風を感じたのも束の間、繁華街の全電源が喪失した。一瞬にして漆黒。自家発電を持つ店から、下品な重低音だけが虚しく響いている。
闇が看板を全て消し去り、再びの豪雨に打たれながら、深夜零時に帰宅した。だが門は閉ざされ、家人は寝静まっている。僕は、庭にあるびしょ濡れのハンモックに、ただの肉塊として身を沈めた。冷たい雨水が背中を湿らす中、「昨日よりはマシか」と納得させる。
まだ石ひとつ見ていないというのに、僕の精神は既に、カンボジアという名の深い泥濘に沈み込んでいた。
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歯糞ランチ
大雨の一夜が嘘のように、空は不気味なほどの晴天に恵まれた。
僕は、サラガミとパツコのカップルと共に、一日貸し切りのトゥクトゥクに揺られてアンコール・ワットを目指した。
市街地こそ昨夜の冠水の名残でびしょ濡れだが、遺跡に近づくにつれ、道は乾燥しきった砂地へと変貌する。トゥクトゥクが速度を上げるたび、前方から高さ数メートルに及ぶ砂埃の壁が襲いかかってきた。
お揃いのサングラスを装着し、平然とした顔のカップルを横目に、裸眼の僕は阿鼻叫喚の地獄を見る。

「ちょっと、スピードを落としてください」
「はっはっは、行くぜぇ。ヒョー」
わざと蛇行運転を始めるドライバー。より砂が舞う。どうやら、僕らを楽しませていると信じてやまないようだ。
「貴様、この温度差を感じろ。盛り上がっているのはお前だけだ。目がたいへん痛い」
「行くぜ、行くぜ、イヤッフゥ」
僕の悲鳴は熱帯の風にかき消され、砂粒が容赦なく眼球を蹂躙する。卒業式でも、『火垂るの墓』でも涙ひとつ流さぬ鉄の意志を持つ僕だが、この時ばかりは物理的な苦痛により、男泣きに暮れることとなった。
アンコール遺跡群の迫力は、僕の予想を遥かに超えていた。
バイヨン、アンコール・トム。悠久の時を刻んだ石像たちの威容。しかし、我が専属ドライバーは、それらを「ただの背景」として時速四十キロで突き進む。
「あっあそこで写真撮りたい」
パツコが叫び、サラガミが「ストップ」と制止を求めても、奴は「ヒャッハー」と加速する。通り過ぎてから「さっきのは南大門だ。仏教の」などと講釈を垂れるが、そんな能書きを垂れる暇があるなら、ブレーキを踏むという文明的行為を思い出せ、と言いたい。
昼時になり、僕たちは香ばしい匂いに誘われ、美味そうなBBQチキンの屋台を見つけた。
「あれを食べよう。美味そうだ」
僕らの意見は一致。しかし、「ダメダメ、あれまずいから」と、ドライバーが血相を変えて止める。
「俺がスペシャルなレストランに連れて行ってやるから、楽しみにしとけ」
出た。癒着である。
自分の息の根がかかった店で外貨を吐き出させたいという、透けて見える魂胆。
だが、そこまで言うならと、僕らはその「スペシャル」に期待することにした。
連れて行かれたのは、公衆トイレと見紛うばかりの悪臭を放つ、ただの空き地であった。
テーブルが六つ並んでいるだけの、屋根もない粗末な食堂。客は一人もおらず、店員のおばちゃんは己の指を執拗に口に突っ込み、歯糞をほじくり続けている。
「絶対にここで食べたくない」
「さっきのチキンがいい」
僕らの拒絶に対し、ドライバーは冷酷に言い放った。
「ここ以外で食事をするなら、残りは歩いて行けよ。帰りもだ」
腐っている。人間が。
歯糞おばちゃんの横で作戦会議をしていたのが運の尽きだった。
僕たちが注文もしていないのに、カレー、シチュー、フライドライスの三皿がテーブルに叩きつけられた。それは僕たちが到着する数時間前から用意されていたかのように冷め切り、表面には不気味な膜が張っていて、大量の蝿がたかっている。
「おい、頼んでないぞ」
「金も払わないし、手も付けない」
サラガミと僕の抗議を、ドライバーはニヤニヤと笑い飛ばす。
「三人なんだからシェアすれば楽しいだろ。取り皿、要るか」
彼らは相手を選ぶ。体格のいい白人には決してこんな無礼は働かない。怒らせると怖いからだ。僕たち東洋人の若造など、舐め腐っているのである。
そこへ、「少し日本語ができる現地民」という、観光地の害悪が湧いて出た。
「カンボジアジン、オコル、コワイ、カンボジアジン、オコル、コワイ」
そればかりを呟き続ける。遠くでドライバーが勝利を確信した笑みを浮かべている。
結局、僕たちは一口も食べぬまま、三十ドルを支払う羽目になった。あの場の、言葉にできぬ生理的な気持ち悪さと、背後に潜む暴力の気配に、僕たちは屈したのだ。
アンコールワットの写真を数枚撮ると、ドライバーを解雇し、野生のトゥクトゥクを拾ってそそくさと帰った。
それでまた、例のピザ屋で酒を飲んだ。
崩れきったものは嫌えない
翌日、僕たちは日本人宿で募ったメンバーと共に、ベンメリアへ向かった。
結局のところ、僕にとってのカンボジアは、砂埃と水害、そして人間という種の底知れぬ卑屈さを確認するだけの精神的苦行だった。アンコールの壮麗な石積みを見上げても、脳裏に浮かぶのはおばちゃんの不潔な歯糞と、僕の眼球を蹂躙したドライバーの邪悪な面構えばかりだ。
だが、最後に訪れた「ベンメリア」だけは、どういうわけか、僕の乾ききった毒気を沈黙させた。
密林の深淵に置き去りにされたその廃墟は、崩壊することそれ自体が目的であるかのように、静謐な無秩序を晒していた。巨大な石塊は崩れ落ち、そこへ執拗に絡みつく熱帯の巨木。それは、人間がどれほど浅ましく醜悪な営みを積み重ねようとも、最後にはすべてが等しく緑の静寂に飲み込まれていくのだという、残酷なまでの無関心の証明だった。
皮肉なものだ。散々この国を呪い、一刻も早くバンコクへと逃げ帰りたいと願っていた僕を救ったのが、その文明が完全に敗北し、森へ還った死に体の遺跡であったとは。
勝手にガイドをして、「チップをよこせ」と言っている奴がいる。うるさい。きみは偶然そこにいただけだろう。
結局、僕は最後までこの国を愛せなかったし、彼らの卑屈さを許すこともできなかった。だが、崩れきってしまったものは、もう嫌えないのである。この森に飲み込まれた石の静寂だけは、記憶の底に残る気がした。
熱帯の森が歴史を包み込む。というより、都合よく隠蔽しているように僕には見えた。
